2022年8月29日

英詩和訳|クーパー「ポプラの野原」

 

ポプラの木々が倒れている。さようなら、木陰よ

涼しげな並木の囁く音よ。

これからは風がその葉の間でと戯れて歌うことも

ウーズ川が水面にその像を映すこともない。


私の愛した野原とポプラの育った土手を

最後に目にしてから十二年が過ぎた。

ご覧、今ではその木々も草の上に横たわっていて

私はかつて影を貸してくれた木に腰を下ろしている。


クロウタドリは別の隠れ家へと飛び立ってしまった

ハシバミの木々が暑さを遮ってくれる所へと。

あの鳥の調べに耳を奪われた景色も昔のものとなり

甘く流れるようなあの歌が響くことはもうない。


私の年月はみな急いで立ち去っていく。

私も間もなくこのポプラの木々のように低く横たわるはずだ。

この胸の上には芝生が敷かれ、頭の上には墓石が置かれ

いつかその場所に新しい木立ちが育っていくのだろう。


人の失われる喜びについて物思いに沈ませるものが

あるとすれば、この光景がそうだろう。

人間の一生は夢だと言うが、察するに人間の喜びは

その人間よりも儚い存在なのだ。


▶メモ

ウィリアム・クーパー(William Cowper, 1731-1800)の代表作。1785年1月に『ジェントルマンズ・マガジン』に掲載された。


▶原文

The poplars are felled, farewell to the shade,

And the whispering sound of the cool colonnade;

The winds play no longer and sing in the leaves,

Nor Ouse on his bosom their image receives.


Twelve years have elaps'd, since I last took a view

Of my favourite field, and the bank where they grew;

And now in the grass behold they are laid,

And the tree is my seat, that once lent me a shade.


The blackbird has fled to another retreat,

Where the hazels afford him a screen from the heat,

And the scene where his melody charm'd me before,

Resounds with his sweet-flowing ditty no more.


My fugitive years are hasting away,

And I must ere long lie as lowly as they,

With a turf on my breast and a stone at my head,

Ere another such grove shall arise in its stead.


The change both my heart and my fancy employs;

I reflect on the frailty of man and his joys;

Short-lived as we are, yet our pleasures, we see,

Have a still shorter date, and die sooner than we.


▶底本にした原文(パブリック・ドメイン)

Project Gutenberg|The Works of William Cowper by William Cowper


英詩和訳|C. ロセッティ「風」


誰が風を見たでしょう。

 私もあなたも見ていません。

木の葉が揃ってそよぐのは

 吹く風が通り抜けるとき。


誰が風を見たでしょう。

 あなたも私も見ていません。

木立ちが頭を垂れるのは

 吹く風が通り過ぎるとき。


▶原書の挿絵 by アーサー・ヒューズ(Arthur Hughes, 1831-1915)











▶メモ

ロセッティが1872年に発表した『童謡集』(Sing-songs)の中の一篇。ABCB-ADEDの2連構成。風そのものは見えないが、風の吹く様子は木々の姿が教えてくれる。宮崎駿監督の2013年の映画『風立ちぬ』でも使われた一篇。


▶原文

Who has seen the wind?

   Neither I nor you:

But when the leaves hang trembling,

   The wind is passing through.


Who has seen the wind?

   Neither you nor I:

But when the trees bow down their heads,

   The wind is passing by.


▶底本にした原文はこちらから(パブリック・ドメイン)

Google Books|Sing-song: A Nursery Rhyme Book


英詩和訳|キーツ「キリギリスとコオロギ」


大地の詩(うた)は決して絶えることがない。

 鳥たちがみな暑い陽射しにやられて

 涼しい木陰に身を潜める頃、一つの声が響き渡る

刈り取られたばかりの草地を囲む垣根から垣根へと。

それはキリギリスの声だ彼は我先にと

 夏の贅沢を味わう─彼の喜びには

 終わりがない。疲れるまで楽しんでは

心地よい草影にのびのびと休むのだ。

大地の詩は決して止むことがない。

 さみしい冬の夕べ、霜が降りて

  静けさをもたらす頃、ストーブの辺りから

コオロギの歌が鳴り響く。暖まっていく部屋の中で

 眠気にうとうとしながら、人はこう思うのだ

  青々とした丘でキリギリスが歌っているのかと。


▶メモ

ジョン・キーツ(John Keats, 1895-1921)が詩人仲間と即興でソネットを作る遊びをした時の作品。元の詩には「1816年12月30日」とあり、21歳の冬の作であることがわかる。夏の場面と冬の場面で暑さと寒さ、賑やかさと静けさ、屋外にいる詩人と室内にいる詩人といった対比を作りながら、虫の声という「大地の詩」で両者を統一している。さらにこの統一を手がかりとして、夏から冬へ進む客観的な自然の時間と冬から夏へ進む主観的な意識の時間を重ねる手際も見事な作品。構成はABBA-ABBA-CDE-CDE。


▶原文

On the Grasshopper and Cricket

 

The poetry of earth is never dead:

  When all the birds are faint with the hot sun,

  And hide in cooling trees, a voice will run

From hedge to hedge about the new-mown mead;

That is the Grasshopper's—he takes the lead

  In summer luxury,—he has never done

  With his delights; for when tired out with fun

He rests at ease beneath some pleasant weed.

The poetry of earth is ceasing never:

  On a lone winter evening, when the frost

    Has wrought a silence, from the stove there shrills

The Cricket's song, in warmth increasing ever,

  And seems to one in drowsiness half lost,

    The Grasshopper's among some grassy hills.


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Project Gutenberg|Poems 1817 by John Keats


英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第38歌


僕のムーサが創作の題材に事欠くことがあろうか。

君が息の続くかぎり僕の詩に注ぎ込む

君という麗しい主題は余りに素晴らしく

低俗な詩でそれを書き写せるものはない。

ああ!君が感謝すべきは君自身だ、もし僕の詩の中で

読む価値のある何かが君の目を打つとしても。

君自身が創作の閃きをくれる時

君に書く言葉がないと沈黙する人がいるだろうか。

君は十人目のムーサであり、その価値は

詩人が呼びかける古来の九人のムーサの十倍だ。

君を訪ねる詩人がいたなら作らせてやってくれ

長い年月を生き抜く永遠の詩を。

 僕の作る拙い詩にこの物好きな時代が喜ぶなら

 その苦労は僕のもの、その称賛は君のものとしよう。


▶原文

How can my Muse want subject to invent,

While thou dost breathe, that pour'st into my verse

Thine own sweet argument, too excellent

For every vulgar paper to rehearse?

O, give thyself the thanks, if aught in me

Worthy perusal stand against thy sight;

For who's so dumb that cannot write to thee,

When thou thyself dost give invention light?

Be thou the tenth Muse, ten times more in worth

Than those old nine which rhymers invocate;

And he that calls on thee, let him bring forth

Eternal numbers to outlive long date.

    If my slight Muse do please these curious days,

    The pain be mine, but thine shall be the praise.


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2022年8月26日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第37歌


年老いた父親が喜びをもって

元気な子供の青春の営みを見るように

運命の過酷な悪意に不具とされた僕は

君の真価と真実だけに慰めを見出す。

美貌、家柄、財産、知性のうち

どれか一つが、または全てが、またはそれ以上が

君の中に資格を得て、冠を頂いて座するなら

僕はその蓄えに僕の愛を接ぎ木としよう。

そうして僕は不具や貧しさや軽蔑を免れると共に

この影の身に実体を与えられ

君の豊かさの中で満たされながら

君の栄光全体の一部に与って生きることになる。

最高のものが何であれ、君には最高のものを願おう。

その願いを抱くことで、僕は十倍幸せになるのだ!


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2022年8月25日

#21世紀のクラシック|第5回 マテュー・ルシエ 室内楽作品集

 【作曲家】

▶マテュー・ルシエ
 Mathieu Lussier (1973-)
・カナダのモントリオール出身の作曲家、指揮者、ファゴット奏者。
・管楽アンサンブルのペンタドルを主催している。
・2014年よりモントリオール大学で教鞭を執っている。
・2019年よりアリオン・バロック・オーケストラの芸術監督。

【音源】

▶マテュー・ルシエ:パサージュ──管楽器とピアノのための室内楽作品集
 Mathieu Lussier: Passages: Musique de Chambre pour Vents et Piano
・カタログ情報
 ATMA Classique (00722056643528)
・主な演奏者
 ペンタドル
 マテュー・ルシエ(ファゴット)
 ダニエル・ブルジェ(フルート)
 マルタン・カルパンティエ(クラリネット)
 ノルマン・フォルジェ(オーボエ・ダモーレ)
 ルイ・レサール(ピアノ)

【メモ】

・楽曲、演奏共に粒揃いのアルバム。小品はいずれも管楽の楽しみを味わうことのできる伸びやかで(時としてエキゾチックな)旋律が置かれており、所々に現れる舞曲の要素もいい味を出している。特に冒頭の「パサージュ」と「クルチザンヌ」の掴みがいい。最後に置かれた六重奏曲は一番人数の多い構成になっており、独奏者が華やかに演奏するというよりも合奏に軸を置いた渋い曲調である点も他とは異なっている。

・作曲家自身によるファゴットの演奏はもちろんのこと各々表情豊かな演奏が楽しめる。

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第36歌


僕たちの分かたれない愛が一つであっても

僕たち二人は二人のままだと言わせてほしい。

そうすれば僕についてしまった汚点を

君の助けを借りずに僕一人で背負っていける。

僕たちの二つの愛が目指すものは一つだ。

僕たちの生き方を分かつ悪意も

愛の喜びから麗しい時間を盗みはするが

愛のただ一つの働きを変えるものではない。

君を知っているふりは二度とできない

僕の嘆かわしい罪が君の恥になってしまうから。

僕に人前で優しくして名誉を授けてはいけない

それは君の名から名誉を奪うことになるから。

いや、止めにしよう。僕が君を愛することで

君とその良い評判を僕のものにすればよいのだ。


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2022年8月24日

お酒メモ|神谷バーと文学(1)萩原朔太郎『ソライロノハナ』(1913年)

神谷バーのウェブサイトを訪ねてみたところ、神谷バーに寄せた萩原朔太郎の歌が引用されていた。簡単に調べてみたところ、『ソライロノハナ』という歌集に収録されているらしいことが分かったが、細かな典拠が不明であったので自分で調べて記録しておくことにした。

『ソライロノハナ』は『萩原朔太郎全集 第十五巻』(筑摩書房、1978年)に収録されている。これは冒頭に「空いろの花」という詩を冠した歌集で、その前書きによれば「年ごろ詠み捨てたる歌凡そ一千首の中より忘れ難き節あるもの思ひ出多きもののみを集めて此の集を編み上げ」たものらしい。本全集では新たに萩原家で発見された自筆本として紹介されており、「今日まで歌集の存在は確認されていなかった」とある。ちなみに歌集の日付は1913年4月付である。

この歌集は様々な見出しで区切られており、神谷バーに言及した歌は「あさくさ」という見出しの下に入っている。ここには浅草に着想を得た歌がまとめられており、例えば浅草の十二階こと凌雲閣に寄せたと想像される(がいまいち自信のない)次のような歌もある。

浅草の十二いろはの三階の
色硝子より見たる町の灯

(101頁)

そして、この「あさくさ」の中にあるのが例の神谷バーに寄せた一首である。

一人にて酒をのみ居れる憐れなる
となりの男なにを思ふらん   (神谷のバアにて)

(102頁)

しんみりとした歌である。ここに電気ブランへの言及はないが、わざわざ「神谷」と言及するからには電気ブランを飲んでいるものと想像しても許されるだろう。

典拠探しがあっさり片付いてしまったので、ついでに『ソライロノハナ』から洋酒に触れている歌を二首紹介しておく。

春の夜の酒は泡だつ三鞭酒(シャンパーニュ)
楽はたのしき恋のメロデイ 

(53頁)

この「楽」はその場に流れている音楽のことだろう。この一首の周りには西洋音楽絡みの歌がちらほらあるので、詩人は「愛の挨拶」でも聞いていたのかとつい空想してしまう。

キユラソオの淡きにほひの漂へる
くちびるをもて吸はれけるかな

(86-87頁)

キュラソーはオレンジの皮を用いたリキュールで、電気ブランにも使われている。独り神谷バーで飲む人もいれば、オレンジの香るキスをする人もおり、キュラソーの行く先は様々である。

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第35歌


君がしたことはもう悲しまなくていい。

薔薇には棘があり、銀の泉にも泥がある。

月も太陽も雲や触に陰るものであり

最も麗しい蕾にも忌まわしい瘤が宿る。

人間は誰しも過ちを犯すものであり、僕もここで

君の罪を容認するための比較として

自分自身を腐敗させ、君の間違いを軽くし

君の罪に君の罪以上の赦しを与えている。

君の官能の罪に対して良識を呼び出せば

君を告発するはずの者が君を弁護する者となり

僕に反対して法廷弁論を開始する。

僕の愛と憎しみの間の内戦により

僕は僕から容赦なく奪う麗しい盗人の

共犯者にならざるを得なくなるのだ。


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2022年8月23日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第34歌


なぜ君はあのような美しい日を約束して

僕に外套なしで旅をさせておきながら

卑しい雲が僕の道中を襲って

汚れた煙で君の威光を隠すことを許したのか。

君が雲間から顔を出したくらいで

嵐に打たれた僕の顔の雨水は乾かない。

傷を治して傷跡を消さないような

軟膏を褒める人はいないのだ。

君の恥は僕の悲しみの薬にはならない。

君が悔いても僕の喪失は埋まらない。

傷つけた者の悲しみも救いとしては弱いのだ

深い傷を十字架として背負った者には。

ああ!だが君の愛が流す涙は高価な真珠であり

全ての悪事を購う保釈金になるのだ。


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2022年8月22日

音楽史メモ|フランス(2)ルネサンス音楽 その一

 【作曲家と楽派】

▶ブルゴーニュ楽派 / ブルグンド楽派
 Burgundian school
15世紀にブルゴーニュ公爵領と結びついて栄えた楽派。
・アルス・ノヴァとフランドル楽派の中間に位置する。
・リズムから旋律と和声に力点が写り、音楽が単純化した。
・イギリスの三和音を取り入れて多声音楽を刷新した。
・特にミサ曲や宗教合唱曲、世俗歌曲が知られる。

▶ギョーム・デュファイ
 Guillaume Dufay (1397-1474)
・ブルゴーニュ公爵領フランドルのベールセル出身の作曲家。
・フランドルのカンブレー大聖堂の聖歌隊で教育を受ける。
・イタリアに拠点を置いて教皇庁や貴族に仕えた。
1340年代以降はカンブレーに拠点を戻した。
・定旋律ミサ曲を確立した。

▶ジル・ド・バン・ディ・バンショワ
 Gilles de Bins dit Binchois (1400-1460)
・エノー伯爵領のサン=ギラン出身の作曲家。
1430年から終生ブルゴーニュ公の宮廷礼拝堂に仕える。
・特にフランス語による世俗歌曲で知られる。

 

【おすすめの音源】

▶ジャンヌ・ダルクの時代の音楽と歌
 Musiques et Chants au Temps de Janne d’Arc
・カタログ情報

 Warner Classics (731383623165)
・主な演奏者
 アンサンブル・アマディス

▶デュファイ:モテット、イムヌス、シャンソン、教皇のサンクトゥス
 Guillaume Du Fay: Motets, Hymns, Chansons, Sanctus Papale
・カタログ情報
 Blue Heron (BHCD1001)
・主な演奏者
 ブルー・ヘロン
 スコット・メトカーフ(指揮)

▶デュファイ:花の中の花
 Dufay: Flos Florum
・カタログ情報
 Alpha (ALPHA349)
・主な演奏者
 ムジカ・ノーヴァ

 ▶デュファイ:ミサ曲「私の顔が青ざめているなら」
 Guillaume Dufay: Messe: Se la face ay pale
・カタログ情報
 Erato (190296548437)
・主な演奏者
 ロンドン古楽コンソート
 デイヴィッド・マンロウ

 ▶デュファイ:ミサ曲「武装した人」
 Dufay: Missa L’homme arme
・カタログ情報
 Naxos (8.553087)
・主な演奏者
 オックスフォード・カメラータ
 ジェレミー・サマリー(指揮)

▶我が至高の望み:ジル・バンショワのシャンソン集
 Mon Souverain Desir: Gilles Binchois Chansons
・カタログ情報
 Erato - Parlophone (0724354528552)
・主な演奏者
 アンサンブル・ジル・バンショワ
 ドミニク・ヴェラール(指揮)


英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第33歌


僕が何度も目にした華やかな朝の日は

支配者の眼差しで山々の頂を飾り

黄金の顔で緑の牧草地に口づけをし

天の錬金術で青ざめた小川を金に染める。

やがて最も卑しい雲の群れが

醜い千切れ雲で天界を覆うのを許すと

陽光はその顔を寄る辺のない世界から隠し

この屈辱を抱いて西へと忍び去っていく。

僕の太陽も同じようにある朝早くから輝き

栄光に溢れる眩しさで僕の額を照らしたが

何と悲しいことか、彼が僕のそばにいたのは一時だけで

今は雲の層が彼を僕から覆い隠している。

しかし僕の愛がそのために彼を見損なうことはない。

天上の陽光が陰るならこの世の陽光たちも陰るのだ。


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2022年8月19日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第32歌


卑しい死が僕の骨を塵で覆い

僕が日々を全うした後に残された君が

今は亡き恋人の貧しく粗野な詩を

偶然にももう一度読み返す時

その時代の磨かれた詩と比べると

誰のペンにも追い抜かれるようなその詩が

優れた人々の傑作に劣るその韻律ではなく

僕の愛のために君の手元に残されるとしよう。

ああ!その時は是非こう偲んでほしい。

もし友のムーサが育っていく現代と共に育ち

その愛がこれよりも尊い生まれのものとして

豪華な行列を従えて行進していたなら、と思うが

彼は死んでしまい、詩人たちはそれに勝るのだから

彼らの詩には作風を、彼の詩には愛を読もう、と。


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2022年8月18日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第31歌


会えなくなり亡くなったと思っていた

全ての人の心が君の胸中を慕っている。

そこに君臨するのは愛、そして全ての愛の愛する力

そして埋葬されたと思っていた全ての友人たちだ。

尊く敬虔な愛は僕の瞳から

清らかな弔いの涙をどれだけ盗んだことだろう。

その涙は死者への手向けだったが、今わかったのは

失われたものたちが君の中に隠れているということだ!

君は埋葬された愛を生かす墓であり

消えた愛しい人たちの記念品で飾られている。

皆が僕から得た力を君に与えたのであり

多くの人の分け前が今や君一人のものとなっている。

僕は愛した人たちの像を君の中に見て取り

君は皆となって僕の全てを残さず手にするのだ。


▶パブリック・ドメインの原文はこちらから

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2022年8月17日

音楽史メモ|イタリア(1)中世音楽

 【作曲家と楽派】

▶トレチェント音楽
 Italian Trecento Music
・14世紀イタリアで発生した多声音楽の文化。
・トレチェントは「300」すなわち1300年代のこと。
・イタリアのアルス・ノヴァと評される。

▶ヤコポ・ダ・ボローニャ
 Jacopo da Bologna (1340-1386)
・エミリア・ロマーニャのボローニャ出身の作曲家。
・トレチェント音楽の最初の世代に属する作曲家。
・ミラノのヴィスコンティ家の宮廷で活動した。

▶フランチェスコ・ランディーニ
 Francesco Landini (1325-1397)
・トスカナのフィレンツェ出身の作曲家。
・幼少期に天然痘で失明し、音楽の道に進んだ。
・1361年にサンタ・トリニタ修道院のオルガニストとなった。
・トレチェント音楽を代表する作曲家。

【音源】

▶美しきマンドルラ──スクアルチャルーピ写本からのマドリガーレ集
 La Bella Mandorla: Madrigals from the Codex Squarcialupi
・カタログ情報
 CPO (777623-2)
・主な演奏者
 パラティノ87

▶ヤコポ:マドリガーレとカッチャ集
 Jacopo da Bologna: Madrigali e Cacce
・カタログ情報
 Arcana (A327)
・主な演奏者
 ラ・レヴェルディ

▶ランディーニのための月桂冠:14世紀イタリア最大の作曲家
 A Laurel for Landini: 14th Century Italy’s Greatest Composer
・カタログ情報
 Linn Records (BKD573) / Avie Records (AV2151)
・主な演奏者
 ゴシック・ヴォイセズ

▶ランディーニ:我が愛しの女よ
 Landini: Cara Me Donna
・カタログ情報
 Meister Music (MM1063)
・主な演奏者
 アントネッロ

2022年8月16日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第30歌


麗しい静かな思いの法廷を開いて

過去の思い出を召喚した僕は

求めたが得られなかった多くのものに溜め息をつき

大切な時間の浪費という古い悲しみに新しく涙する。

僕は死の無期限の夜に隠れた尊い友人たちのために

泣き慣れていない瞳を溺れさせ

片付いて久しい恋の痛みに再び涙を流し

多くの失われた光景の値打ちに苦しむ。

過ぎ去った嘆きを嘆き

重々しく悲しみに悲しみを連ねて

かつて苦しんだ苦しみの辛い請求書を読み上げ

まだ支払っていないかのように支払い直す。

しかし大切な友よ、君のことを考えている間は

全ての喪失が取り戻され、全ての悲哀が終わるのだ。


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英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第29歌


幸運にも人々の目にも見放され

僕は独り宿無しの身に涙を流し

耳の聞こえない天を無益な泣き声で煩わしては

自分を見つめてその宿命を呪う。

希望に満ちた人のようになりたいと願い

容姿淡麗な人や友人を持つ人のようになりたいと願い

この人の技術が欲しい、あの人の能力が欲しいと望み

自分の大いに恵まれたところには少しも満足しない。

こうした考えの中で自分を軽蔑しかけても

ふと君のことを思えば、僕の気持ちは

夜明けの雲雀のように

陰鬱な地上を離れ、天上の門で賛美歌を歌い出す。

君の麗しい愛の思い出がこれほどの富をもたらすなら

国王と身分を取り替えるのもお断りだ。


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2022年8月15日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第28歌


休息の恩恵を絶たれてしまった僕は

どうすれば幸せな状態に戻れるのだろう。

昼の重圧が夜に軽くなることもなく

昼は夜に、夜は昼に押し潰される。

昼と夜は覇権を争う敵同士でありながら

僕を苦しめようと合意の握手をするのだ。

昼には苦労があり、夜にはどれほど苦労しても

まだ君からは遥かに遠いという不満がある。

僕は昼の機嫌を取るために、雲が天を汚しても

君が輝いて昼を飾ると教え

沈んだ顔色の夜に媚びへつらうために

煌めく星々が瞬かない夜闇も君が金に染めると言う。

それでも昼は昼ごとに僕の悲痛を長引かせ

夜は夜ごとに悲哀の長さを痛感させるのだ。


▶パブリック・ドメインの原文はこちらから

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2022年8月14日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第27歌


僕は労苦に疲れ果ててベッドへと急ぐ。

旅に疲れた脚には貴重な休息だ。

しかし僕の頭の中ではここから旅が始まり

体が仕事から解放されたのに心が働き出す。

そこで僕の思考は遠く離れたところから

君へと至る熱心な巡礼の旅を企て

閉じようとする目蓋を大きく開いて

盲目の人が目にするような暗闇を見つめる。

現れるものは僕の魂の想像上の光景が

何も見えない視界に示す君の影だけだ。

その影が血の気のない夜に垂らした宝石のように

黒い夜を美しくし、その老いた顔を若返らせるのだ。

ご覧!昼の僕の脚も夜の僕の心も

君と僕のために安息が見いだせないのだ。


▶パブリック・ドメインの原文はこちらから

Open Source Shakespeare|Sonnet 27


#21世紀のクラシック|第4回 アンジェイ・カラウォフ 歌劇「死の誘い」

【作曲家】

▶アンジェイ・カラウォフ(Andrzej Karałow, 1991-)
・ポーランドのウッチ出身の作曲家、ピアニスト、即興演奏者。
・スタニスワフ・モリトに作曲を師事。
・2019年にショパン音楽大学大学院の博士号を取得。
・新しい音楽の上演団体であるアンサンブラージュの創設メンバー。
・新しい芸術を特集したオンライン雑誌『スペクトルム』の創設メンバー。

【音源】

▶死への誘い
 De Invitatione Mortis
・カタログ情報
 Chopin University Press(5903600724121)
・主な演奏者
 ヨアンナ・フレシェル(ソプラノ)
 アレクサンドル・レヴィンスキ(テノール)
 ダヴィド・ドゥベツ(バリトン)
 ミハウ・オハブ(サクソフォン)
 アンジェイ・カラウォフ(ピアノ)
 メンズ・ヴォーカル・アンサンブル・グレゴリアヌム
 ジョワク/スタンキエヴィチ・デュオ
 メッセージズ・クァルテット
 マルティナ・シムチャク(指揮)
・演奏時間
 90分

【メモ】

・2018年初演。作品はフレデリック賞にノミネートしている。

・歌詞はマチェイ・パピエルスキによるもので、死を一つの生からもう一つの生への象徴的な移行とみなすキリスト教の死生観を主題としている。

・神秘劇の形式を取ったオペラであり、舞台上の演技は行われない。言葉によるメッセージを軸とした抽象的かつ儀式的な音響空間の創出を狙ったものであり、作曲者によって「メタオペラ」と位置づけられている。

・劇の構成は三部構成であり、三人の主人公(末期の病、医者、死)による三つの歌が三連祭壇画のように展開される。三部構成に加えて、時間と場所の統一性や運命の働きといった古典劇の要素が組み込まれている。

・室内楽と電子音楽と伸びやかな歌唱によって荘厳な響きが作られておりとても聴き応えがあって美しい。背景に使われる電子音や録音効果は多種多様だが、使い方がシンプルで楽想の方向性が明確なので実験的な印象はなく、むしろ制御されていて馴染みやすい。室内楽は合奏をするというよりも、場面に合わせて一つか二つの楽器が選ばれ、背景的な音かと思えば歌唱と絡んだりするといった様子で、どこか能楽の楽器パートに似た位置づけを感じる。歌唱パートは形式的な拍節や旋律がなく、歌曲というよりは朗唱と呼べるかもしれないが、朗読調のグレゴリオ聖歌とは異なり、ベルカントという感じのたっぷりとした歌唱が強く印象に残る。

・それにしても、二十代の作品とは思えない……。




2022年8月13日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第26歌


僕の愛の主人よ、臣下としての

僕の忠義は君の価値に強く結ばれている。

君に遣わすこの文字に書かれた大使がすることは

忠義の証言であり、僕の機知の誇示ではない。

僕の貧相な機知は重大な忠義を赤裸々に明かすだけで

機知を誇示できるほどの言葉を持っていない。

それでも僕は期待しているのだ、察しの良い君が

その魂の奥で丸裸の忠義を労ってくれることを。

いつか僕の行く末を導く星が

綺麗な相をもって僕を慈悲深く照らし

襤褸を纏った僕の愛の衣装を整え

僕を君の麗しい価値に見合う姿にしてくれたら

その時は堂々とどれほど君を愛しているかを高言しよう。

それまでは君に試されても兜を脱がずにいよう。


▶パブリック・ドメインの原文はこちらから

Open Source Shakespeare|Sonnet 26


2022年8月11日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第25歌

 

星々の寵愛を受けている人々には

公の名誉と見事な称号を誇らせておこう。

僕にはそうした勝利の運命も邪魔になる。

僕は自分が一番名誉に思うものを人知れず喜ぶのだ。

偉大な王侯の寵臣たちが綺麗な葉を茂らせる様子は

太陽の眼差しを受けるマリーゴールドに似ている。

その誉れを自分自身の内に埋めたまま

栄光の最中にあっても一度の不興によって命を落とす。

苦痛に晒されて戦いで名を上げた戦士も

千の勝利の後に一度敗北しただけで

名誉の記録から跡形もなく消し去られ

他に成し遂げた仕事は全て忘れられてしまう。

それゆえ愛し愛されている僕は幸せなのだ

捨てることも捨てられることもないのだから。


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Open Source Shakespeare|Sonnet 25


2022年8月10日

#21世紀のクラシック|第3回 ラドゥ・パラディ ヴァイオリン協奏曲ホ短調

【作曲家】

▶ラドゥ・パラディ
 Radu Paladi (1927-2013)
・ルーマニアのブコヴィナ、チェルニウツィー出身の作曲家。
・ソ連による併合を受けて1944年にブカレストに移住した。
・ピアニストおよび指揮者として活動しながら、作曲活動を行った。
・1954年から1996年までカラギアレ国立劇場映画大学で教鞭を執った。

【音源】

▶ピアノ協奏曲 / ヴァイオリン協奏曲 / 交響的組曲「小さな魔法の笛」
 Piano Concerto / Violin Concerto / Symphonic Suite “Das Zauberflötchen”
・概要
 パラディの作品を特集した貴重なアルバム。録音は2021年6月。
・カタログ情報
 Capriccio (C5465)
・主な演奏者
 ロイトリンゲン・ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団
 オリヴァー・トリンドル(ピアノ)
 ニーナ・カーモン(ヴァイオリン)
 ユージン・ツィガーン(指揮)

【メモ】

・ヴァイオリン協奏曲の初演は2007年に拠点のブカレストで行われた。

・ヴァイオリン協奏曲を書こうという構想は長年温めてきたものらしい。パラディがルーマニアに移住した頃には、大ヴァイオリニストのジョルジェ・エネスクが活躍していて、パラディはエネスクに惚れ込んで協奏曲の作曲を考えるようになったんだとか。

・協奏曲の作曲が具体的に動き出したのは2001年の9.11同時多発テロ事件の後で、パラディはこの協奏曲を哀悼の音楽として書き始めたらしい。こういう背景を知ってから聴き直してみると、第1楽章のヴァイオリン独奏がオーケストラの不協和な下降音形に襲われる悲劇の当事者に思えてくるから不思議だ。

・第2楽章は中間部の盛り上がりで区切られる緩やかな三部形式といった様子で、ハープが淡々と刻むリズムの上でヴァイオリンが歌う悲しげな導入部&再現部が印象的。個人的には葬送行進曲の様式というよりも悲哀の歌の背後で時間を刻む表現として(勝手に)解釈したいところ。

・第3楽章は一転してヴィルトゥオーゾ風の力強い楽章になっている。ヴァイオリン独奏が第1楽章を想起させる下降音形を繰り返しながら突き進み、中間部に至ってやっと明るい響きが登場する。そこから場面はガラッと変わり、ルーマニアの民族音楽か民族舞踊を下敷きにしていそうな激しい独奏に入り、やがてヴァイオリンに主導される形でオーケストラが復活する。ここには悲劇的な雰囲気はなく、むしろ民衆的で祝祭的な生命力(あるいはもっと感情移入してしまえば一種の復興と希望)を感じる。

・第3楽章のクライマックスではヴィヴァルディの「四季」から「夏」の第3楽章の冒頭が引用されている。先に舞台裏に触れておくと、この協奏曲はイ・ムジチのコンサートマスターを務めていたマリアーナ・シルブに捧げられており、シルブは協奏曲の初演にも参加している。イ・ムジチはヴィヴァルディを始めとするバロックのレパートリーで有名なグループだから、ヴィヴァルディからの引用はシルブとイ・ムジチに対するオマージュとなっている。

・ヴィヴァルディからの引用には音楽的な必然性もあり、それは「夏」の第3楽章という引用元の選択に表れている。この楽章は麦畑が雷と雹に襲われるという情景を描いたもので、パラディの協奏曲に通じる悲劇的構図を持っている。引用されている範囲を超えたところまで想像を膨らませて、災いの襲来を下降音形で描くことの普遍性に思いを馳せるのも一つの聴き方かもしれない。

・最後に、このアルバムは他の作品の演奏もとても素晴らしい。録音を聴くチャンスが滅多にない作曲家は特集アルバムが組まれるだけでもありがたいというのに、それを聴き応えのある演奏で味わえるとは……。

2022年8月9日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第24歌


僕の瞳は画家を演じて盗み取ったのだ

君の美の形を僕の心の画板へと。

僕の身体はその形を収める額縁であり

一流の画家の技術である遠近法を備えている。

君はこの画家の奥にその技術を見て取り

君の真実の絵姿が置かれている場所を見出すはずだ。

その絵姿は僕の胸中の画廊に飾られており

その窓から君の瞳が覗くのだ。

さあ、瞳と瞳が交わす素晴らしい応酬を見てくれ。

僕の瞳が君の姿を描けば、僕から見た君の瞳は

僕の胸中を見せる窓となり、その奥には太陽が

嬉しそうに姿を現し、そこから君を見つめる。

しかし、この巧みな瞳はその技術を仕上げられない。

瞳は見えるものを描いてもその心を知らないのだ。


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2022年8月8日

#21世紀のクラシック|第2回 ルイ・ドミニク・ロワ ケベック歌曲集

【作曲家】

▶ルイ・ドミニク・ロワ
 
Louis Dominique Roy (1967-)
・カナダのケベック州のシャーブルック出身のピアニスト、作曲家。
・ヘルムート・ブルーム(Helmut Blume, 1914-1998)とハラルド・オスベルガー(Harald Ossberger, 1948-2021)にピアノを師事。
・1994年から2006年までモントリオール(モンレアル)のマギル大学で声楽コーチを務め、その仕事との関わりでケベックの詩のための歌曲の作曲に取り組むようになる。それ以外にもピアノや合唱のための作品も作曲している。
・現在はピアノ教師をしているとのこと。

【音源】

▶「閉じられた夢」
 Rêves enclos
・概要
 この25年近くの間、ケベックの詩人の作品に基づいて書いてきた作品のアルバム。ピアノ独奏曲が1曲とブクステフーデのオルガン曲のピアノ編曲版も収録されている。
・カタログ情報
 ATMA Classique (00722056411028)
・主な演奏者
 オリヴィエ・ラケル(バリトン)
 ルイ・ドミニク・ロワ(ピアノ)
 ルイ=フィリップ・マルソレ(ホルン)
 セバスティアン・レピーヌ(チェロ)

▶収録楽曲
・エミール・ネリガンの5つの詩
・エロワ・ドグラモンの3つの詩
・私の家
・サン=ドゥニ・ガルノーの3つの詩
・アルフレッド・デロシェールの3つの詩
・ジル・ヴィニョーの5つの詩
・海の上の鳥の飛行(ピアノ独奏曲)
・安らかに眠れ
・死の詩
・ブクステフーデ「シャコンヌ ホ短調 BuxWV 160」(ロワによるピアノ編曲版)

【歌詞】

・ちなみにケベックの詩人については彩流社から『ケベック詩選集──北アメリカのフランス語詩』というアンソロジースタイルの翻訳が出ており、上の音源の1曲目の「知性の月光」(Clair de lune intellectuel)については歌詞を日本語で読める(40頁)。

【メモ】

・ネリガンからガルノーまでの前半部分はグレゴリオ聖歌の語りのような譜割りと拍節を感じさせないのびやかなフレーズに貫かれており、全体的にメランコリックないし神秘的な和声に貫かれている。一方、後半のデロシェールやヴィニョーは詩ごとの内容に合わせた表情や感情がはっきりと表れる。前半の楽曲はドビュッシーが好きな人は好みに合うかもしれない。

・歌唱とピアノの主従関係は比較的はっきりしており、ホルンやチェロは時おり加わってバリトンと二重唱をするような具合である。

・バリトンのラケルは包容力のある甘い歌声が魅力的であるだけでなく、楽曲ごとに表情を使い分けている素晴らしい職人技を聞かせてくれる。デロシェールやヴィニョーの詩に寄せた歌曲では情感豊かな声色と抑揚を見せているが、ネリガンやガルノーの詩に寄せた歌曲では超然的ないし無関心な歌唱に徹しており、各々に楽曲の魅力を存分に引き出している。作曲者であるロワ自身によるピアノ伴奏も(楽曲の構成を反映しているのか)伴奏のお手本のような節度ある演奏で、ピアニストとしても素敵な方なのだろうと思う。ちなみにラケルとロワは長年の友人とのこと。

・途中に挿入されているピアノ独奏曲の「海の上の鳥の飛行」は素敵な一曲。ムード音楽寄りの楽曲集に挑戦した時に作曲した作品の一つであり、独奏曲として聴いてもとても美しい一曲になっている。

2022年8月7日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第23歌


仕上がっていない俳優が舞台に立つと

恐れから自分の役を忘れてしまうように

あるいは激情に駆られ過ぎた猛獣が

有り余る力で自らの心臓を疲れさせてしまうように

僕も信じるのが怖くなって

愛の儀式のために仕上げた祝辞を言い忘れてしまう。

自分の愛の強さに

自分の愛の力に押し潰されているようだ。

ああ!僕の仕草には僕の騒ぐ胸の内を語る

雄弁にして無言の予告者となってもらい

愛のために申し立て、補償を求めるために

より多くをより多く表す舌よりも多く語ってもらおう。

ああ!沈黙の愛が書いたものの読み方を知ってくれ。

瞳で聞くことも愛の優れた知恵なのだ。


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2022年8月6日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第22歌


僕の鏡も僕に老いを信じさせることはない

青春と君とが同じ日々を生きているかぎり。

しかし、僕が君の中に時間が耕した跡を見る時

僕は死が僕の日々を精算するのを目にするだろう。

君を覆う全ての美こそが

僕の心の晴れ着だからだ。

僕の心が君の胸に、君の心が僕の胸に生きるなら

僕が君より老いるということがあるだろうか。

ああ!愛しい人よ、君自身を守ってくれ。

僕も君のために僕自身を守ろう。

君の心は用心深く預かっておこう

優しい乳母が赤子を病から守るように。

僕の心が殺されても君の心は無事だと思わないことだ。

君が僕に心を渡したのは返してもらうためではない。


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Open Source Shakespeare|Sonnet 22


2022年8月5日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第21歌


僕は違うが、ムーサに仕える他の人は

化粧美人に掻き立てられて詩へと向かい

天界そのものを装飾に用いて

あらゆる綺麗なものをその麗人と共に繰り返し

見事な対比の組み合わせを作り出す

太陽と月、陸と海の豊かな宝石や

四月の初咲きの花々や、天空が

その巨大な球の内に包む全ての希少な物を使って。

ああ!誠実な愛のままに誠実に書かせてくれ。

そして信じてくれ、僕の愛しい人は

天空に据えられた黄金の蝋燭ほどの輝きはなくとも

母親にとっての子供と同じくらい綺麗なのだ。

噂好きな人々には言わせておこう。

商売目的ではないのだから、僕は称賛などしない。


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Open Source Shakespeare|Sonnet 21


2022年8月4日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第20歌


君は自然自身の手で化粧された女の顔を持ち

僕の恋情の男主人にして女主人となる。

君は女の優美な心を持ちながらも

不誠実な女の流行のような移ろいやすさを知らない。

君は女の瞳よりも眩しく、不誠実なよそ見は少ない瞳を持ち

それが見つめるものを金色に染める。

全ての美貌を自分の支配下に置く一人の男が

男たちの目を奪い、女たちの魂を震わせるのだ。

君は初めに女として創造されたが

君を作った自然が君に惚れてしまい

余計な付け足しをして僕から君を奪い取ったのだ

それは僕の目的からすれば無用な付け足しだ。

自然は女の喜びのために君に苗を植えたのだから

君の愛は僕のものにし、君の愛の使い道は女の宝にしよう。


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Open Source Shakespeare|Sonnet 20


2022年8月3日

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第19歌


貪り食う時間よ、獅子の爪を鈍らせ

その麗しい子供を大地に貪らせるがいい。

獰猛な虎の顎から鋭い牙を抜き取り

長命の不死鳥をその血の中で燃やすがいい。

喜ばしい季節と侘しい季節を作りながら駆け抜け

この広い世界とその消えていく麗しいもの全てに

お前の望むことをするがいい、俊足の時間よ。

ただし、お前には極めて凶悪な罪を一つ禁じておく。

ああ!僕の愛しい人の綺麗な額にお前の時を刻み

そこにお前の古びたペンで線を引いてはならない。

お前の道筋の中で彼を汚さずにおいて

後世の人々のために美の型を残してくれ。

いや、悪を極めよ、老いた時間よ。お前が過ちを犯しても

僕の愛しい人は若いままいつまでも生き続けるだろう。


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Open Source Shakespeare|Sonnet 19


2022年8月2日

#21世紀のクラシック|第1回 ジョビー・タルボット「不思議の国のアリス」

【作曲家】

▶ジョビー・タルボット
 Joby Talbot (1971-)
・ロンドン出身。
・作曲をブライアン・エリアスに習った。
・ギルドホール音楽演劇学校で音楽修士号を取得。指導教官はサイモン・ベインブリッジ。
・2015年に「冬物語」によりブノワ賞作曲家部門を受賞。
・現時点でロイヤル・バレエ団に長編バレエ作品を提供した存命の作曲家はタルボット一人。

【音源】

▶不思議の国のアリス/愚者の楽園
 Alice's Adventures in Wonderland / Fool's Paradise
・概要
 振付師のクリストファー・ウィールドンとコラボしたバレエ作品のアルバム。「不思議の国のアリス」はルイス・キャロルの児童文学に基づく2011年初演の長編物語バレエで、一緒に収録されている「愚者の楽園」は元々ウィールドンのバレエ団のために書かれた作品。
・カタログ情報
 Signum Classics (SIGCD327)
・主な演奏者
 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
 クリストファー・オースティン(指揮)

【メモ】

・振付師のクリストファー・ウィールドンとのコラボのきっかけはタルボットが2007年に「瀕死の白鳥」につけたピアノ・トリオ作品。この作品を聴いたウィールドンがタルボットにコンタクトを取ったことでコラボが実現し、同年の「愚者の楽園」、そして2011年の「不思議の国のアリス」が誕生する。日本では2018年に「不思議の国のアリス」が新国立劇場で初演され、好評だったらしく2022年にも上演されている。

・音楽面の感想として、持続的な背景音に包まれながら音価の短い単純な音列やパーカッションの反復がきらきらと弾ける様子はタルボットが2009年に発表した「タイド・ハーモニック」にも通じるもので、聞き心地の良い和声と相まって心地よいワクワク感をもたらしてくれる。不思議の国の冒険によく馴染んでいると思うのは自分だけだろうか。

・ロイヤル・バレエ団の上演の様子はDVDで見ることができる。筆者は終始ニコニコしながら鑑賞したが、ウィールドンの振り付けと衣装や背景、小道具の美術からなるバレエの映像も素晴らしい。アリスの物語の親しみやすさもあり、普段バレエを見ないという人にも勧めやすく、クラシックの入り口にいる子供たちにも鑑賞してほしい作品だ。

・ちなみに一緒に収録されている「愚者の楽園」も「タイド・ハーモニック」や「不思議の国のアリス」に通じる作風になっている。「愚者の楽園」の筋については特にブックレットや作曲者のウェブサイトに記載はなかったので知らないが、探せばその辺にあるかもしれない。

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第18歌

 

君を夏の一日と比べてみようか。

君の方が素敵で穏やかだ。

猛る風は五月の愛らしい蕾たちを震わせ

夏が間借りする時期はあまりに早く終わる。

天の瞳は時として暑すぎるほどに輝くが

その黄金の顔は雲に隠されてばかりいる。

麗しいものはみないつか麗しさから離れていく

偶然のせいか、自然の定まらない成り行きのせいで。

しかし、君の永遠の夏が衰えたり

麗しさという君の財産を失ったりすることはなくなり

死がその影の中で君をさまよわせて誇ることもなくなる

もし君が永遠の詩行の中で時間と共に育ち続けるならば。

人々の息が続くかぎり、人々の目が見えるかぎり

この詩が生きるかぎり、この詩は君に命を与え続けるのだ。


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2022年8月1日

音楽史メモ|フランス(1)中世音楽

【作曲家と楽派】

▶アダン・ド・ラ・アル
 Adam de la Halle (1245-1288)
・オー=ド=フランスのアラス出身。
・宮廷詩人・宮廷音楽家としてアルトワ伯に仕えた。
・近世の喜歌劇に先駆けて世俗的な音楽劇を書いた。

▶ノートルダム楽派
 Notore-Dame school / Parisian school (12-13th Century)
・新首都パリに建設されたノートルダム大聖堂を拠点とした楽派。
・レオニヌスとペロティヌスの二人の名前のみが知られている。
・オルガヌムを発展させた。
・音価の三分割を基本とするリズム・モードを確立した。
・次の世代からはアルス・アンティクア(古技法)と呼ばれた。

▶フィリップ・ド・ヴィトリ
 Philippe de Vitry (1291-1361)
・イル=ド=フランスのパリ出身。
・王室に仕えて政務を行う一方で、詩人や音楽家としても名を馳せた。
・1320年頃に『アルス・ノヴァ』(新技法)を出版した。
・音価の二分割を許容した記譜法をアルス・ノヴァとして提唱した。

▶ギョーム・ド・マショー
 Guillaume de Machaut (1300-1377)
・グラン・テストのランス周辺(おそらくマショー)出身。
・ボヘミア王室に秘書として仕え、ランス大聖堂の参事も務めた。
・アルス・ノヴァの代表者であり、イソリズムの手法を活用した。
・「ノートルダム・ミサ曲」は史上初の通作ミサである。
・自作の詩を含めた世俗の詩による独唱曲やモテットも残している。


【音源】

▶アダン・ド・ラ・アル:ロバンとマリオンの駆け引き
 Le Jeu de Robin et Marion
・カタログ情報
 Arion Music (3325480681622)
・主な演奏者
 アンサンブル・ペルスヴァル
 グイ・ロベール(指揮)

▶フランスのアルス・アンティクア──14世紀と15世紀初頭
 The French Ars Antiqua: The 14th & Early 15th Century
・カタログ情報
 Lyrichord Early Music (LEMS8007)
・主な演奏者
 ラッセル・オバーリン(カウンター・テナー)
 チャールズ・ブレスラー(テノール)
 ロバート・プライス(テノール)
 ゴードン・マイヤーズ(バリトン)
 マーサ・ブラックマン(ヴィオール)

▶フィリップ・ド・ヴィトリとアルス・ノヴァ──14世紀のモテット
 Philippe de Vitry and the Ars Nova: 14th-century motets
・カタログ情報
 Amon Ra (CDSAR49)
・主な演奏者
 オルランド・コンソート

▶マショー:ノートルダム・ミサ曲/「真実の物語」からの組曲
 Le Masse de Nostre Dame / Songs from Le Voir Dit
・カタログ情報
 Naxos (8.553833)
・主な演奏者
 オックスフォード・カメラータ
 ジェレミー・サマリー(指揮)

▶マショー:情けか死か──愛のシャンソンとモテット集
 Mercy ou Mort: Chansons & Motets d'Amour
・カタログ情報
 Arcana (A305)
・主な演奏者
 フェラーラ・アンサンブル
 クロフォード・ヤング(指揮)

▶マショー:モテット集
 Motets
・カタログ情報
 ECM Records (00028947240228)
・主な演奏者
 ヒリヤード・アンサンブル

英詩和訳|シェイクスピア『ソネット集』第17歌


来たる時代に誰が僕の詩を信じるだろうか

それが君の最高の取り柄で満たされていたとしたら。

しかし天の知る通り、そのような詩もただの墓であり

君の命を隠し、君の姿の半分も見せないものなのだ。

もし僕に君の瞳の美を書くことができ

君の美点を瑞々しい詩句で数えられたとしても

来たる世代はこう言うのだ。「この詩人は嘘つきだ。

そのような天上の筆が地上の顔の化粧をしたことはない。」

それだから僕の詩集も、時代と共に色あせる頃には

言葉ほどに真実のない老人のように蔑まれるだろう。

君の真実の権利は詩人の狂乱と呼ばれ

古臭い歌の大げさな節回しだと言われるだろう。

しかし君の子供がその時代に生きていたなら

君はその子と僕の韻律の中で二重に生き続けるだろう。


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Open Source Shakespeare|Sonnet 17


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