【概要】
▶ヒッチコック監督
アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock, 1899-1980)はイギリスを代表するサスペンス映画監督。サスペンス映画が大衆向けジャンルとして軽視されていたために十分に評価されていなかったが、ヒッチコックを敬愛するヌーヴェル・ヴァーグの監督たちの批評により名声を確立した。特に、トリュフォーとヒッチコックの長時間対談をまとめた『映画術』は映画の芸術的特徴と制作技術について充実したインタビューがなされており、映画学の古典的文献となっている。今回の記事は、『映画術』の記述と突き合わせながら未公開作品とプロパガンダ映画を除く全50作品を鑑賞しつつ、備忘録を兼ねて個人的なお気に入り度をリスト化したものになる。早速リストに入りたいところだが、その前に『映画術』でのヒッチコックの論述から、ヒッチコックの作品の楽しみ方一般に関わるポイントを三つ取り上げてまとめておく。
▶サスペンスとは何か
ヒッチコックによれば、サスペンスというジャンルは、犯人の正体や危険の接近が予め知らされた状態で、主人公たちがそれを回避したりそれに遭遇したりする「過程」を味わうものである。主人公たちを待ち受けるものについて観客が無知な状態にあるミステリーと対比すると、何が起こるのかというドキドキよりも、「その先には殺人鬼が…!」というハラハラの方に重きがあると言えるかもしれない。ただし、ヒッチコック映画はミステリー的な性格を持たないわけではないし、観客は結末を知らされるわけではないので、以下の一行あらすじでも深刻なネタバレは避けておいた。
▶フォルムで語ること
ヒッチコックは自身の映画の本質的特徴を映像あるいは形態(フォルム)によって語ることとしている。これは台詞などの言葉による説明をできるだけ排除し、画面を構成している視覚情報の連続によって語るということである(具体的な表現例は『映画術』に多く記されている)。この点は、ヒッチコックがサイレント映画の美術担当からキャリアを出発した人物であり、台詞に頼らない視覚表現の成熟を目にしてきた世代だという背景とも関わりが深い。ちなみに、ヒッチコックはサイレント時代の視覚表現への拘りがトーキー以降に衰えつつある点を嘆いている。
▶映画制作の目的
ヒッチコックは映画の目的を、劇場に集まった観衆を映像の連続によって最後まで釘付けにすること、と捉えている。これは何を意味するかというと、多くの人々が映像の移り変わりを最後まで楽しめたなら整合性は二の次でよい、ということである。この点についてヒッチコックは、プロットの論理を重視する批評は言わば小説向けの批評であってお門違いだ、と批判している。要するに、ヒッチコックは映像作品の映像面が正当に批評されることを望んでおり、これは先のフォルム重視の映画観にも通じているように思われる。ちなみに、ヒッチコックにインタビューをしているトリュフォーは批評家としても知られる人物だが、ここではヒッチコックに同意する形で、自分の映画批評が真っ当なものになったのは自ら映画製作に取り組んでからだ、と述べている。
【ヒッチコックの映画一覧】
・作品の並び順は評価が高い順を優先し、その中で公開された順に並べた。また、ヒッチコックの長いキャリアはイギリス時代のサイレント作品とトーキー作品、アメリカ時代のモノクロ作品とカラー作品で便宜的に区切ると分かりやすいので、その区切りを示す見出しもつけておいた。
★★★★★ 自分の家にDVDがあってもいい作品
▶アメリカ時代後期:カラー作品
・『裏窓』(1954)
足を骨折したカメラマンが窓越しに事件の気配を察知する話。
★★★★☆ 映画館に見に行ってもいい作品
▶イギリス時代後期:トーキー作品
・『バルカン超特急』(1938)
一緒に汽車に乗った婦人が消えたのに誰も目撃者がいない話。
▶アメリカ時代前期:モノクロ作品
・『海外特派員』(1940)
アメリカの新聞記者が大戦前夜の平和活動家誘拐事件を追う話。
・『断崖』(1941)
借金と虚言を重ねる結婚相手に殺人の疑惑を抱く話。
▶アメリカ時代後期:カラー作品
・『ロープ』(1948)
優生思想の支持者が友人を殺し、その現場でパーティを開く話。
・『サイコ』(1960)
横領を犯して消えた恋人を追って怪しい宿屋を訪れる話。
・『鳥』(1963)
鳥が街中の人間を襲い始める話。
★★★☆☆ 有料レンタルしてもいい作品
▶アメリカ時代前期:モノクロ作品
・『レベッカ』(1940)
名家の後妻となった主人公が亡き前妻レベッカの影に苦しむ話。
・『白い恐怖』(1945)
白地の縞模様を見るとパニックを起こす精神科医の話。
・『汚名』(1946)
愛する女性がナチ集団への潜入捜査のために結婚してしまう話。
▶アメリカ時代後期:カラー作品
・『知りすぎていた男』(1956)
歌手と医者の夫婦が暗殺計画に巻き込まれ、子供を誘拐される話。
・『めまい』(1958)
高所恐怖症の元警官が、友人から妻の尾行を頼まれる話。
・『北北西に進路を取れ』(1959)
架空のスパイと間違われた男が命を狙われる話。
・『ファミリー・プロット』(1976)
インチキ霊媒師とタクシー運転手のカップルが富豪の相続人を探す話。
★★☆☆☆ 無料で見る分にはいい作品
▶イギリス時代前期:サイレント作品
・『下宿人』(1927)
連続殺人事件が起こる中、民宿に怪しい男が来る話。
▶イギリス時代後期:トーキー作品
・『恐喝』(1929)
刑事の恋人が正当防衛で人を殺してしまう話
・『殺人!』(1930)
女優が殺人の現行犯で逮捕されるも、記憶がない話。
▶アメリカ時代前期:モノクロ作品
・『パラダイン夫人の恋』(1947)
殺人容疑をかけられた未亡人の弁護を引き受けて魅了される話。
▶アメリカ時代後期:カラー作品
・『見知らぬ乗客』(1951)
電車で出会った男に交換殺人を持ちかけられ、妻を殺される話。
・『私は告白する』(1953)
殺人の告白について沈黙を貫く神父が殺人容疑をかけられる話。
・『ダイヤルMを廻せ!』(1954)
妻を殺害する依頼をするも、計画が失敗する話。
・『泥棒成金』(1955)
足を洗った元宝石泥棒が自分の手口を真似た宝石泥棒を追う話。
・『間違えられた男』(1956)
強盗として誤認逮捕された男が追い詰められる話。
・『マーニー』(1964)
窃盗癖のある女が雇い主に捕まり、トラウマと対峙する話。
★☆☆☆☆ 見ても見なくてもよかった作品
▶イギリス前期時代:サイレント作品
・『快楽の園』(1925)
恋人を追ってアフリカに行った歌手が事件に巻き込まれる話。
・『リング』(1927)
ボクサーが一人の娘をめぐって対決する話。
・『ダウンヒル』(1927)
友達をかばって退学した青年が世間をさまよう話。
・『農夫の妻』(1928)
妻に先立たれた農場主が婚活する話。
・『ふしだらな女』(1928)
不倫の濡れ衣を着せられた主人公が新天地に行く話。
・『シャンパーニュ』(1928)
父と喧嘩した娘がどたばたする話。
・『マンクスマン』(1929)
故郷を離れて亡くなったはずの恋人が帰郷する話。
▶イギリス時代後期:トーキー作品
・『ジュノーと孔雀』(1930)
無職の父を抱えた貧しい家庭に遺産相続の話が来る話。
・『リッチ・アンド・ストレンジ』(1931)
巨額の旅費を受け取った夫婦が旅先で事件に遭う話。
・『第十七番』(1932)
アパートで倒れている男の謎を浮浪者と一緒に探る話。
・『ウィンナー・ワルツ』(1933)
シュトラウス二世が恋人と音楽の間で揺れる話。
・『三十九夜』(1935)
自室で女スパイが殺され、殺人犯として追われる話。
・『間諜最後の日』(1936)
ドイツのスパイを追う中で、観光客を殺してしまう話。
・『サボタージュ』(1936)
破壊活動に協力する劇場主が爆破事件に関与する話。
・『第3逃亡者』(1937)
絞殺の濡れ衣を着せられた若者が盗まれたコートを探す話。
・『巌窟の野獣』(1989)
難破船を略奪している集団の根城に宿泊してしまう話。
▶アメリカ時代前期:モノクロ作品
・『スミス夫妻』(1941)
結婚が無効になった夫婦が痴話喧嘩する話。
・『逃走迷路』(1942)
飛行機工場でのテロの犯人にされた主人公が真犯人を追う話。
・『疑惑の影』(1943)
訪ねてきた伯父が逃走中の殺人犯であることに感づく話。
・『救命艇』(1944)
ドイツ軍に砲撃された船から脱出した救命艇で漂泊する話。
▶アメリカ時代後期:カラー作品作品
・『山羊座のもとに』(1949)
オーストラリアに駆け落ちした夫婦を立ち直らせる話。
・『舞台恐怖症』(1950)
夫を殺した女優の代わりに追われる男をかばう話。
・『ハリーの災難』(1955)
ハリーの死体が山で見つかり、関係者がどたばたする話。
・『引き裂かれたカーテン』(1966)
鉄のカーテンの向こうに渡った科学者に恋人がついてくる話。
・『トパーズ』(1969)
キューバ危機の調査のためにフランス人スパイがキューバに渡る話。
・『フレンジー』(1972)
元妻を殺された男がネクタイ絞殺殺人の容疑者にされる話。