▶コンサート情報
『聴き伝わるもの、聴き伝えるもの ―20世紀音楽から未来に向けて―』第17回「クセナキス生誕100年」(2022年10月1日、国立音楽大学)
・第1部
ヤニス・クセナキス:エルの伝説
・第2部
アネスティス・ロゴテティス:オデュッセイア
川島素晴:y=100x(世界初演)
ヤニス・クセナキス:アホリプシス
ヤニス・クセナキス:アナクトリア
ヤニス・クセナキス:交換
ヤニス・クセナキス:オメガ
・第3部(第1部と同じ)
ヤニス・クセナキス:エルの伝説
▶感想
・「エルの伝説」はプラトン『国家』の最終部の「エルの物語」(臨死体験をしたエルの魂が現象界とイデア界を貫く宇宙の神話的構造を旅する話)を踏まえた楽曲。電子音楽の宇宙論といった趣の楽曲で、楽譜には宇宙や天体、光に関わる古今の思想家や科学者の言葉が引かれている。1977年のポンピドゥー・センター設立を記念した委嘱作品で、センター前に建設されたディアトープ内部で上演された。ディアトープは内部に4台のレーザーと400枚の鏡を持った建築物で、詳しい演奏プランは失われているが音や光を様々に動かして楽曲を表現するなかなかダイナミックな構造体だったらしい。
・今回の演奏はディアトープの上演構想を再解釈した会場が準備されているということで、早速スモークの焚かれたスタジオに案内された。スタジオは各所にぐるりと照明器具が設置されており、楽曲に合わせて白い光、あるいは赤みや青みのかかった光を天井やミラーボールに投げかけていた。レーザーや鏡まで再現することはないとはいえ、音に合わせて光が展開するのを眺めながら当時の上演に思いを馳せる時間は中々よかった。入り口には「立ったり歩いたり自由に聴いてよい」的なことが書かれていたけれど、なんだかんだみんな座席に座ったままで、首を動かしてあちこちを眺めながら聴いていた。事前に確認を取って、草原で星空を見る時みたいに寝転んで聴いてみればよかったかも。
・「エルの物語」はこれまで何回か家で聴いたことがあったけど、今回一番よかったのはスピーカーやヘッドホンで聴くのとサラウンド音響で聴くのでは全然違ったこと。家で聴くときは電子音楽らしい(と思っていた)人工物らしさを感じていたのだけど、自分の周りから色々な音が鳴っている状態だと不思議と環境音というか宇宙のイメージに自然と合うような響きに思えてくる。なんだか、少し前の夜に鈴虫がたくさん鳴いてる場所を通った時の響きと似ている感じがして面白かった。
・ロゴテティスのオデュッセイアは図形楽譜を見ながら演奏を聴くという初めての体験。どの方向に進むかみたいな知識しかなかったから「これわからないだろうなあ」と思って聴いていたのだけど、案外どの辺りを演奏しているかが分かって面白かった。厳格な記号を使った普通の譜面でなくとも、やはり視覚を聴覚に解釈するイメージの経路みたいなのは文化的に繋がってるのかもしれない。あと、(楽曲の中身とは関係ないけど)様々な楽器や奏法に挑戦する姿を見ていて、「この手の現代音楽を真剣に合奏する仲間と出会う瞬間って現代系の音楽団を除けば部活か学校だけだろうし、なんだか青春だなあ」とちょっと老けた感想も抱いてしまった。
・川島素晴さんのy=100xは会場を円形に囲むピアノと10人の奏者が各々の音楽ユニットに立って(数えてないけどおそらく)10の演奏パターンというか音響イベントをぐるっとリレーしていくというもの(だと思う)。ちなみにタイトルのyは「ヤニス」・クセナキスとピアノ担当の「井上」郷子さんのi音、xはクセナキスのイニシャルから取っているんだとか。楽曲の中身に話を戻すと、1人あたりの音響イベントはだんだん短くなるように出来ているらしく、一つの音響イベントがホールを回ってるうちに次のイベントが始まり…という感じでだんだん重なり、最後は全てのユニットで全てのイベントを連発するという大忙しの展開になる。最後は各ユニットの譜面台に置かれた風船を割るという演出だったようだが、正面ピアノ隣のユニットで風船が割れずに譜面台ごと倒れるという出来事があった。素人だから「不確定性の悦び」みたいな美学を語ろうとは思わないけど、楽曲が要求する速度が演奏者の限界を試すような加速度も含めて、何だか「計算された音楽」が破裂するポイントを見ているようでちょっと痛快だった(これも計算だったらちょっと怖いが…)。僕が演奏者だったら、一生思い出話のネタにできるような美味しいハプニングだと思っちゃうかも。
・他のクセナキスの楽曲は伝記パートで、数学の諸理論を次々と音楽に投入していった頃に始まり最晩年の作品に終わる。前半の楽曲は仕組みをなんとなくイメージしてはいたものの、流石に楽曲の後世要素を脳内で整理しながら聴くなんてできないので「なるほどそんな感じになるのか~」みたいな感じでふんわり聴いていた。晩年の「交換」は旋律や和音こそ現代音楽という感じだけど、協奏曲という伝統寄り(?)の形式がいい具合に効いているのか、「ここ聴きどころかな」というポイントがわかりやすくてよかった。クラリネットの歌いっぷりはもちろん、ひび割れ音(son fendu)もしっかり聴いた。最後の「オメガ」の打楽器は内容も演奏もめっちゃ良くて、クセナキスの打楽器作品の特集コンサート行ってみたいなって気持ちになった。